天見温泉

 天見温泉は天然ラドンを豊富に含み、入浴することで強い発汗作用と新陳代謝をたかめるため
健康と美容にとても効果があります。
泉質:ラジウム泉

天見温泉のこと…

流谷八幡神社
【流谷八幡神社】

  流谷八幡神社の創建は長暦三年(1039年)京都石清水八幡宮の御神体を勧請し、この地に 社殿を造営したことにはじまります。祭神は応神天皇、神功皇后、地売大神を祭っている。鎌倉時代には社殿修理が行われていることが分かっており、社額は源頼朝奉納の伝承がある。 神社に伝えられる鉄製湯釜は府の文化財に指定され、製作年代は釜に刻み込まれた文字より延元5年(1340年)流谷八幡神社のためにつくられたことが分かっています。

大阪府指定文化財鉄製湯釜
【大阪府指定文化財鉄製湯釜】

  天見温泉の歴史は南北朝時代にはじまったと伝えられ、河内長野市内では最古の温泉と考えられています。 高野街道の沿道という歴史的、地理的な要因もあり、【極楽湯室の由来】として以下の文面が地元の民家に伝わっています。

【極楽湯室の由来】
  延元の昔、流谷八幡宮の社僧・法印賢覚、世の病弱に泣く不幸な人々を救わん為温泉を建設して広く接待せん事を 発願し流谷八幡宮の境内の地に萱葺きの浴室を建築して付近より湧出するラジュウム鉱泉を汲み、或いは薬草を混合して之を 沸し病弱に苦しむ老若男女をして入浴せしめられた。俗に之を極楽風呂と称し天見村における温泉の創めにして即ち極楽温泉の起源なり。
  その後、正平七庚年二月、尼石松阿弥陀仏並びに字十郎の両名賢覚法印の企図に賛助し、 相い詢りて祖先伝来の流谷村字父牛谷の山林一個所を流谷極楽寺に寄進しこの温泉の経営を授けた。応永の頃、謡道が法統を継ぎ、 以来、極楽寺の法統累世相継いで経営したので村内は申すに及ばず隣接の村々までこのことが伝わり態々(わざわざ)来り浴する者多く 諸国より高野山へ巡錫する僧徒をはじめ善男善女登山の途次は極楽寺に参詣して序(ついで)に 浴するもの多く俗に極楽風呂と称し広くその効能を認められ、ますます繁盛を極めた。
  然るに寛延三年の八幡宮の大火災に際しこの湯室も遂に類焼の難を蒙り、以来、庄屋重右衛門 再建を企てたりしも遂に成らず、そのまま廃絶して今はただ風呂の元と俗称する字地名を残すのみにて浴室の伝はらざるは実に遺憾とする所なり。之れ天見温泉の起源なり。

流谷八幡

  歴史的な温泉の起源を持つ天見に、温泉施設を再建することは郷土にとってもひとつの願いでもありました。

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